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2025年3月13日
海洋プラスチックごみ問題が広く知られるようになり、プラスチックごみ問題への関心が高まっています。日本政府は2019年に「プラスチック資源循環(huán)戦略」を策定し、2022年には「プラスチックに係る資源循環(huán)の促進等に関する法律」を施行し、サーキュラーエコノミーへの移行を加速しようとしています。プラスチック資源循環(huán)戦略では、2035年までにすべての使用済みプラスチックを100%有効活用することをマイルストーンに掲げており、プラスチックのリサイクル手法の確立は急務となっています。長年、プラスチックを中心としたリサイクルの研究に取り組んでいるのが、東北大學大學院工學研究科 応用化學専攻 熊谷 將吾 準教授です。熊谷準教授に、プラスチックリサイクルの現(xiàn)狀、研究、課題などについてお伺いしました。

東北大學大學院工學研究科 応用化學専攻 熊谷 將吾 準教授
石油から作られたプラスチックを化學原料に
一般にプラスチックのリサイクル方法は3つに分類されています。1つ目がそのままプラスチック原料として使用する「材料リサイクル(マテリアル)リサイクル」、2つ目がモノマー化、ガス化、油化するなどして、化學原料として使用する「ケミカルリサイクル」、3つ目がプラスチックを焼卻し、その際の熱エネルギーを利用する「エネルギー回収」です。このうち、プラスチックを原料として再利用するのは材料リサイクルとケミカルリサイクルの2つですが、2020年の実績で材料リサイクルされたのはプラスチック総排出量の約21%、ケミカルリサイクルされたのは約4%です。プラスチックを材料として利用する余地はまだまだ大きいと見ることもできます。
2020年の日本國內の廃プラスチックのリサイクル実績
プラスチックや化學原料としてリサイクルされたのは全體の4分の1程度
リサイクルを研究の軸に置く熊谷準教授が主な研究対象としているのが、リサイクルが難しいとされるプラスチック(難リサイクル性のプラスチック)です。たとえば、複數(shù)の種類のプラスチックからなる混合プラスチックや、リサイクルの工程で忌避される添加物が含まれるプラスチックなどが、難リサイクル性のプラスチックの例です。このようなプラスチックでも、無酸素條件下での加熱により化合物を分解する「熱分解」と呼ばれる手法を使えば分解自體は可能です。熊谷準教授も「熱分解は様々なものを分解できます。使いこなせるようになれば、リサイクルが難しいものでも化學原料に転換できるポテンシャルのある技術だと思います」と語ります。
複雑な熱分解の挙動を明らかに
熱分解のポテンシャルを引き出すために必要な研究とは何でしょうか。熱分解によりプラスチック製品を分解すると、多岐にわたる化合物が生じることがあります。そして、生じた化合物同士が反応することで別の化合物ができることもあります。工業(yè)化?社會実裝にあたっては、その挙動を明らかにし、それぞれのプラスチックに適した処理プロセスを提案しなければなりません。また、その挙動を理解するうえでは、様々な分析や前処理の手法も求められます。たとえば、高沸點で反応性の高い化合物の場合、機器分析に適するよう、誘導體化などの技術を活用して形を変える必要もあります。熊谷準教授は熱分解でどのような化學反応が進むのかを明らかにし、リサイクルのプロセス開発に役立てようとしています。
「まずは、熱分解で何が起こっているのかを理解し、分解をコントロールすることを目指しています。熱分解の挙動を理解でき、どんな生成物が得られるのかがわかれば、その結果を踏まえて、『こういうリサイクルプロセスを考えましょう』という提案ができるようになります。さらに、工業(yè)化の検討が進めば、大型の裝置の中で何が起こっているのかを理解する研究を私が擔當することもあるかもしれません」と、熊谷準教授は自らの役割を説明します。
プラスチックと他の有機炭素資源のシナジー効果
プラスチックを単體で熱分解するのではなく、他の有機炭素資源と一緒に共熱分解することで、有益な化合物の収率を高められることがこれまでの研究で明らかになっています。たとえば、石油精製プロセスにはディレードコーカーと呼ばれる設備があり、そこでは、原油の蒸留において得られる減圧蒸留殘油を熱分解してコークスを製造します。熊谷準教授ら、東北大學大學院環(huán)境科學研究科 吉岡研究室の研究により、減圧蒸留殘油とプラスチックを特定の條件下において共熱分解することで、減圧蒸留殘油もしくはプラスチックを単體で熱分解するよりも、ナフサ等を含む軽質留分が増えるシナジー効果が生じることを明らかにしています。「これは減圧蒸留殘油とプラスチックを一緒に処理することのメリットに留まらず、ディレードコーカーをプラスチックリサイクルの反応設備として活用できる可能性を示唆するもの」と熊谷準教授は語ります。
このほか、林地殘材(建築用材に利用できず、林地に殘される殘材)を想定したバイオマスとプラスチックの共熱分解によるシナジー効果も研究しています。どのような混合比で投入し、どのくらいの溫度で分解すると、有益な成分の収率を高められるのかを検討しています。さらに、多変量統(tǒng)計解析の手法を活用し、共熱分解により生じる複雑な生成物の中から、何が増加し、何が減少するのかを調べ、共熱分解シナジー効果を探索していこうとしています。
熊谷準教授が研究のターゲットとしているバイオマスは木質系バイオマスが中心ですが、さらに幅広い資源にも目を向けています。エクアドルの研究者との共同研究では、コーヒー豆の周りの薄皮(ハスク)や果実など、農(nóng)業(yè)系未利用バイオマスを化學原料にする研究にも取り組んできました。
実用化にあたっては、どのようにして廃棄物を安定的に確保するかという點も非常に重要です。技術があっても、十分な量の廃棄物が集まってこないと経済として成り立たないからです?!腹矡岱纸猡违伐圣俯`効果を上手に制御できるようになれば、地域の特性にあったプラスチックリサイクルのプロセスを提案できるようになります」と、熊谷準教授は將來像を示します。たとえば、人口が多く、かつ石油精製施設が存在する地域ではプラスチックと石油製品の共処理、林業(yè)が盛んな地域では林地殘材、農(nóng)業(yè)が盛んな地域では農(nóng)産物の非可食部分など、安定して得られるものを活用して、プラスチックをケミカルリサイクルするような技術がこれから生まれるかもしれません。
熱分解生成物の分析に必要な裝置とは
プラスチック等を熱分解すると、様々な化合物が生成されます。熱分解裝置(パイロライザー)と組み合わせて分解生成物をインライン、オンラインで分析するのに、熊谷準教授が活用しているのが、アジレント?テクノロジーのガスクロマトグラフ (GC)や ガスクロマトグラフ質量分析計 (GC/MS) です。パイロライザーを接続したGC/MSは、サンプルが少量で済むこと、様々な溫度條件を検討可能であること、熱分解生成物を直接GCに導入できることといった理由から、ケミカルリサイクルのプロセス開発には欠かせないシステムとなっています。
熱分解試験と分析を同時にできるメリットを生かし、複數(shù)の検出器とカラム、そしてサンプル流路を切り替えるDeansスイッチを組み合わせて、定性分析と定量分析を一気に行えるシステムも活用しています。タイヤなど硫黃が含まれた化合物の分析に適した元素選択型GC検出器や、ハロゲン化合物の分析に適した負イオン化學イオン化質量分析法(NICI-MS)も活用しています。
熊谷準教授は、15年にわたってアジレントのGCやGC/MSを使用し続けてきました?,F(xiàn)在でも、「Agilent 6890 GC」、「Agilent 7890 GC」、「Agilent 8890 GC」と、アジレントのGCが3世代にわたって稼働中です。また、GC/MSについても、「Agilent 5975 GC/MSD」、「Agilent 5977B GC/MSD」、「Agilent 5977C GC/MSD」が使われています。堅牢性やメンテナンスのしやすさを感じている熊谷準教授ですが、アジレントのシステムを使い続ける大きな理由として、その技術力やサポート力をあげています。「困ったときに條件設定なども含めて、しっかり相談に乗ってもらえます。そして、熱分解生成物にある程度フォーカスしたような、カラムと検出器をバルブで切り替える複雑な流路のシステムも設計してもらいました。オーダーメイドのシステムの提案?構築にかなり強いという印象を持っています。」と、話しています。
熱分解で生成されたオイルには數(shù)百から數(shù)千ともみられる様々な成分が含まれており、分析にあたってはGC x GC ((包括的)二次元ガスクロマトグラフィー)が適するようなケースもあります。熊谷準教授は「大學ではGC x GCのようなシステムを管理し続けるのは難しいことがあります。デコンボリューションの技術が今まで以上に発展し、シングル四重極のGC/MSでもピークの分離がさらに進むと、研究の進展につながります」と、今後のソフトウェアの発展に期待を寄せます。
熱分解生成物の分析に欠かせないアジレントのGC/MS
プラスチック資源循環(huán)の課題と展望
ケミカルリサイクルの技術はサーキュラーエコノミーの実現(xiàn)に寄與するものですが、一方で他の技術の開発や、社會の仕組みの整備なども求められます。
熱分解で得られたオイルやガスは、最終的には既存の石油?化學製品の製造工程に投入されることになります。廃プラスチック由來の場合にはたとえばハロゲンが、またバイオマス由來の場合には酸素が、リサイクルされた原料に含まれることが想定されます。既存の生産設備は、このような原料を投入する想定で開発されたものではありません。そのため、現(xiàn)狀では、熱分解により得られるオイルやガスを既存の化學産業(yè)において使用するには多くのハードルがあります?!袱长欷椁稀⑹埭比毪靷趣瑨Qいやすいオイルやガスを獲得するための技術開発、受け入れ側はリサイクル原料を有効に使用していくための技術開発、雙方を同時に進めることが重要」と熊谷準教授は語ります。
また、現(xiàn)狀では、石油を使う方がリサイクルされた原料を使うより経済的に有利です。リサイクルされたものに環(huán)境価値を見出し、積極的な使用を促すような社會的な仕組みづくりも求められます。
サステナビリティの考え方の定著や、ESG(環(huán)境?社會?統(tǒng)治)投資などの影響もあり、企業(yè)においてもプラスチックリサイクルの機運は高まりつつあります。熊谷準教授は、「プラスチックをガス化?油化したいという資源再生事業(yè)者(リサイクラー)、環(huán)境配慮設計に取り組むプラスチック製品メーカー、リサイクル原料を受け入れる石油?化學メーカー、プラントメーカーなど、多岐にわたる業(yè)界と連攜して、熱分解法の可能性を拡げていきたい」と話しており、開発された技術は最終的には工業(yè)化?社會実裝されることを見據(jù)えています。アジレントも同じ考え方を共有しており、 “Let’s bring great science to life” (科學の叡智を、生活と生命へ)というメッセージを発しています。カーボンニュートラルやグリーントランスフォーメーション (GX) という観點で見ると、アジレントは、二酸化炭素有効利用、水素?燃料電池、アンモニア、バイオマス、リチウムイオン電池、太陽電池、プラスチックリサイクルなど、様々な分野において科學の叡智を社會にもたらすのに役立つソリューションを提供しています。
熊谷準教授は、「今後も化學の力をうまく使って、リサイクルに貢獻していきます。リサイクルのニーズが高い廃棄物を、いかに価値の高い化學原料に転換できるか。そこに私の研究の意義があると思っています」と締めくくります。
本記事に掲載の製品はすべて試験研究用です。診斷目的にご利用いただくことはできません。
(Not for use in diagnostic procedures.)
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